すべての教科の中で英語教育は最も混乱している。アジア諸国の英語教育はすべて混乱し混迷していると言ってよい。世界33か国500校以上の学校を訪問し,英語教育を多数参観してきた実感である。最初に日本人が英語を学ぶ困難がどこにあるか,考えておこう。まず発音である。日本語の音韻数は100以下で世界の言語の中でポリネシア語についで少ない。英語の音韻数は1,000以上(中国語は2,000以上)である。音を峻別する感覚のチャンネルが10倍違っている。日本人がリスニングを苦手にしているのは当然である。もう一つの違いは表現の違いである。I am a cat.を日本語で表すと100通り以上の表現が可能だろう(漱石はすごい)。英語は文法が最も単純な言語であるのに対して,日本語は表現が最も複雑な言語である。英語による表現が単純なのではない。英語の表現の複雑さは,言葉のニュアンスと文体と文脈によって表されている。英語の学びは,言葉と文体のニュアンスを文脈において理解し,的確な言葉と文体で文脈を構成して表現する学びなのである。
東京大学名誉教授 佐藤学