ヘルモント(生物学者)
Jan Baptista van Helmont
スペイン,1579年-1644年
科学者人物誌―生物
フランドル(南ネーデルランド)の医学者・薬学者。スペイン・ハプスブルク家の支配下にあった南ネーデルランド(今日のベルギーとフランスの一部)の中心都市ブリュッセルで生まれる。裕福な名家の出であった。ネーデルランドで最も古い大学であるルーヴァン大学に諸学を学んだが飽きたらず,イエズス会の学校にも学んだ。しかし,どれにも満足できなかったファン・ヘルモントは結局医学を学んだ。自らの病を治すことができなかった大学の学術的医学に見切りをつけ,諸国遊学の過程で錬金術的な医学と出会い習得した。1599年にルーヴァン大学に戻って医学博士号を取得。ヘルメス主義的な医学を基に医学書を著して名声を高めた。新教を奉じる北ネーデルランド(今日のオランダ)との戦争という状況下で思想的な締め付けが厳しかった南ネーデルランドにいたために,ファン・ヘルモントの思想はスペイン・カトリックの異端諮問所から異端の嫌疑をかけられ,パラケルススの思想を支持したためにルーヴァン大学の医学者からも攻撃された。一時的に教会によって逮捕され,後半生は異端的な思想家として教会の監視下に置かれた。ファン・ヘルモントの死後,息子によって著作が編纂されて公表され,同時代に大きな影響を与えた。
東京大学大学院総合文化研究科 岡本拓司