宇都宮大学准教授
和井内 良樹
「特別の教科 道徳」の授業において特に求められている点は,「考え,議論する道徳」への授業の転換と,アクティブで多様な指導方法の工夫が挙げられる。これまで心情のみを問う授業や,道徳的実践力の育成を
「特別の教科 道徳」で求められる授業の要素すべてを一つの授業型として具現化することは難しいが,これからの授業について筆者なりに考え,授業イメージを共有してみたい。
読み物教材を読んだ後に,子ども自らが考えたいテーマを決めて自主的に話し合う…ということではない。教師が子どもなりの思いや願いを受け止め,子どものものの見方・考え方に沿った発問を構成し,子どもが主体的に考えることができるように授業をコーディネートしていくという授業である。
子ども一人一人や教師の持つ個性はそれぞれ違う。違う者どうしが各自の持ち味を出し合うことで新たなものが生まれる。このような相互作用の場が道徳授業である。したがって,ねらいとする道徳的価値について,35人の子どもがいたら35通りの考えを保障することが大切である。
例えば,導入での学習課題,中心教材での問題場面,自己の振り返り,ねらいとする価値そのものなど,子どもが何を考えるのかを明らかにする授業である。
子どもはどのような方法で考えるのか。道徳授業における最も中心的な方法が話し合い活動である。この集団思考こそ,道徳的価値の学習としての道徳授業の本質ととらえたい。
このような授業イメージを総合し,自ら考え,学び合う道徳授業としたい。
子ども自らが考え,学び合う道徳授業をつくるためのポイントについて考えたい。
教材などの提示や発問の投げかけを行っても,子どもの切実感や問題意識を呼び起こすものがなければ,自ら考える学習は始まらない。ねらいとする価値への導入を,場面絵などを用いて行ったり,中心教材の活用では,子どもが話し合ってみたくなる問題場面をクローズアップしたりするなどの工夫が考えられる。また,問題解決的なアプローチを工夫し,子どもが考えてみたくなる学習課題※を設定し,課題解決に向けた話し合い活動を構成することも考えられる。
※ 筆者は,ねらいとする価値にかかわって本時で考えてみたい学習テーマ的な投げかけを導入で行っている。これを学習課題と称している。
中心発問など発問一つ一つの検討は行われているが,それらの発問をどのように構成して話し合いをつくっていくのか,話し合い活動のコーディネートまでには至っていない現状がある。例えば,共感的なのか批判的なのか,話し合いの種類によって発問のタイプや構成の仕方が異なる(発問の構成例については後述する)。
また,話し合いを一問一答にしない工夫として,子どもが子どもに向かって意見を述べ合う話し合いの形態や,黒板の前に
子どもの意見を黒板の右から左へ縦書きしていく板書が一般に見られるが,本時のテーマ的な内容をキーワードや学習課題として明示することで,子どもに思考の流れをつくり,ねらいから逸脱しない話し合いをつくることができる。
図1 発問の対象
図1は「何を問うのか?」を示した発問の対象である。一般に,人物の気持ちや考えなどを問う発問が多く用いられている。これは具体的に問うことができるので,子どもにとって考えやすいというメリットはある。しかし,ねらいに迫るためには,時として,テーマ性や価値そのものなど,抽象度の高い発問も繰り出す必要がある。はじめは場面的な発問から入り,徐々にテーマ的な発問を投げかけていくという構成も考えられる。
図2 発問の問い方
図2は「どのように問うのか?」を示した発問の問い方である。発問対象である人物の気持ち・考えなどの場面的な発問と連動し,一般に共感的に問うことが多い。しかし,多面的・多角的に考えたり,発達段階に応じた学び合いの形を考慮したりすると,分析的や批判的に問う発問も必要になる。また,自分自身を意識した形で問う投影的な問いも,問題解決的なアプローチに有効な場合もあるだろう。
話し合いが道徳的価値の学習に向かって成立するかどうかを左右するのが発問の構成である。ここでは発問の役割とその構成例について考えてみたい。
例えば,「あなたが一番の友達だと思う人を思い浮かべてください。その人はあなたのことを本当の友達だと思っているかな。」と問うと,子どもはドキッとする。後に「本当の友達とはどんな人だろう。」と投げかける。このように子どもが話し合ってみたくなるような「心の引っかかり」を持たせる発問である。
ねらいに直接結び付く中心発問では,価値についての多様な考えを導く必要がある。ここでは,理由や原因など子どもの発想を狭める発問よりも,主人公の迷いや葛藤を考えさせるなどの発問が有効である場合が多い。
子どもの意見を受け止め,「なぜそう考えたのか。」「(いくつかの考えを整理して)どの考えが大事だと思うか。」など,根拠を問う発問である。心情を問うだけでねらいとする価値に迫ることができるとは限らない。
図3 発問の構成例
例えば,「本当にそうなのか。」「~という考えもあるがどうか。」など,子どもを一時的に立ち止まらせて機転を促し,考えを広めたり新たな視点を与えたりする発問である。
図3は,子どもの思考の流れに即して前述の発問を配置し,話し合い活動をコーディネートした発問の構成例である。 まず導入では,問題意識に基づく本音に迫る発問を投げかけ学習課題などの設定を行う(授業の入り口)。教材提示後は,多様な考えを導く発問を基本発問としながら,考えの根拠を問う発問を用いて,子どもの考えの中にある道徳的価値を明らかにする。考え方が一方的だったり,表面的だったりした場合には,機転を促す発問を投げかけ,子どもの考えの幅を拡げたり深めたりする。自己を振り返ったり,学習内容を一般に適用して考えたりする際には,はじめに投げかけた本音に迫る発問を再度提示する(授業の出口)。このように,入り口と出口を近づけることによって,「学習課題の確かめ→教材による道徳的価値の吟味→自己の振り返り」という一連の思考の流れをつくることができると考えた。