教育課題への取り組み

学力を伸ばす
学力を伸ばす教科書とは

東京大学大学院 教授 市川 伸一

教科書は,学校のすべての生徒が共通にもっている学習素材である。したがって,学習の基盤となるものだが,それと同時に,そこからの多様な発展を秘めたものであることが望ましい。学校教育法でも「基礎基本の習得」「思考力・判断力・表現力」「自ら学ぶ意欲」が謳われている今日,あらためて,生徒の学びを拓く教科書のあり方を考えてみたい。

徹底的にわかりやすい記述

教育の基本的な機能として,いつの時代でも知識の伝達をかかすことはできない。もちろん,その知識とは,単にクイズに答えるような事実の蓄積ではない。学習,思考,表現などの知的機能を支えるものでなくてはならないのだが,基本的な知識をすべて経験や自力発見によって得ることは,内容が高度になってくると困難である。

そのため,本を読む,人の話を聞く,などの情報伝達を介した知識獲得はどうしても必要になってくる。学校で使われる教科書は,その典型的な素材だ。しかも,すべての生徒が使うというものなら,そこにある記述,説明は,徹底的にわかりやすいものでなくてはならない。近年の教科書には,ビジュアルな見やすい図表や写真,解説だけでなく考え方のポイントやヒントなども掲載されている。

しかし,どんなにわかりやすく工夫しても,教科書だけでは深い理解に至らないことが多い。だからこそ,授業がある。教科書と授業が補完しあって教科の学習が成立する。とすれば,教科書がわかりにくいと,その分,教師や生徒の負担が大きくなってしまう。わかりやすい教科書のための研究が必要とされる所以である。

生徒と教師の多様性への対応

教科書が,すべての生徒と教師が使えるリソースだとしても,それをどのように使うかはさまざまである。最も基本的なリソースであるとともに,多様性に対応していなくてはならない。予習や復習で活用する生徒もいれば,授業以外では使わない生徒もいる。教科書を参照しながら説明をする教師もいれば,練習問題を使うだけに留める教師もいる。

近年の授業スタイルでいえば,一方では,未習内容は基本的に授業内での自力解決や協同解決を求めるという「問題解決型授業」があり,他方では,自宅で知識内容を学んできた上で授業では討論や問題演習を行うという「反転授業」もある。その間には,さまざまな立場があり,地域により,学校により,教師により,固定したものではない。

当然ながら,ある教科書が,一定の学習や授業スタイルを念頭において作られているということはあるだろう。それは,教科書会社や編集委員会の生み出す,教科書の特徴ともいえる。しかし,それがあまりに偏ったものとなってしまうと,全員の共通のリソースとしては使いにくいものになることには,配慮しなくてはならない。

学び方をガイドする役割

教科書の内容というのは,基本的には,学習指導要領でその学年でカバーすることが規定されている事項である。しかし,最近とくに求められているのは,学び方をガイドするような役割である。もちろん,学び方というのは多様であるが,だからこそ,いろいろな学び方があることを生徒自身が知り,自分なりの学び方を模索することもまた学習である。

習得の学習においても,知識をただ暗記して再生できるだけではなく,自分の言葉で人に説明することは有効である。探究的な学習においては,自分で選択あるいは設定した課題を,じっくりと考察し発表や討論を行うことが求められる。こうした課題や活動の例が教科書に出ていることにより,生徒は学び方のレパートリーを広げることができる。

「学び方を学ぶ」というのは,けっして学校の授業の中だけに閉じたものではない。家庭学習においても,将来の学習や仕事の中でも生きてくるものである。学校教育が,教科固有の知識・技能を身につけるというだけにとどまらず,その学習プロセスを通じて,社会で求められる資質・能力を育てることが強調されつつある現在,教科書にもその視点が盛り込まれてほしい。

市川 伸一
市川 伸一(いちかわ しんいち)
埼玉大学助教授,東京工業大学助教授等を経て,現在東京大学教授。日本心理学諸学会連合理事長,中央教育審議会教育課程部会委員などを歴任。専門は教育心理学,認知心理学。