山形大学地域教育文化学部教授佐藤博晴

小学校外国語活動の
ねらいについて(1)

 2020年度からの小学校での英語の教科化にともない,教育現場はその議論で沸騰しています。それまでに教員養成はどうするのか,評価の在り方は,ALTの確保は,小中連携の在り方は,短時間学習の効果はなど,話題は尽きません。
 しかし教科化にともないもう一つ大きく変わるものに,現在小学5年生で行われている外国語活動が小学3年生に引き下げられることがあります。そしてそのことについては英語の教科化に比べ,あまり議論されていないのでは,という印象を持っています。

 現在,中学校の教科としての英語を支えているのは教科ではなく領域として教えられている小学校の外国語活動です。4年後,小学校で教科として英語が教えられるようになった時も,やはりそれを支えるのは小学3年生から始められる教科外に置かれた外国語活動です。
 外国語活動が,今も将来も,日本の英語教育の根底(スタートライン)にあることに何ら変わりはありません。しかし外国語活動が導入されて5年経過した今でも,外国語活動のねらいや目標が正しく認識されているのかは疑問です。そして授業研究会を参観するたびに,その思いを強くしています。
 授業を提供してくださる先生方は,一生懸命に教材分析・教材作りをし,素晴らしい実践を見せてくれます。「総合的な学習の時間」で英語活動が行われていたときは雲泥の差です。みなさんが一様に遜色のない授業を見せてくれます。ただ,最後の振り返りカードの文言を見ると,その素晴らしい授業が,それぞれが解釈した微妙に違った(時には大きく異なる)外国語活動の目標の上に作られていることがわかります。
 そこでこの連載では,何回かにわたり,私が考える小学校外国語活動のねらいについて話してみたいと思います。とはいえ,これもまた私論です。ただ,この連載を通しながら,また読者のみなさんからの意見もいただきながら,日本の英語教育の根底にある外国語活動のねらいについて少しでも共通理解を図っていければと思っています。

 「小学校外国語活動のねらいを考える上で参考にすべきものは」,と問われれば,誰もが「学習指導要領」と答えるでしょう。しかし,現場の先生方は,どれくらい学習指導要領をご覧になっているでしょうか。恥ずかしながら自分自身のことを振り返ってみると,教員採用試験に向けてがむしゃらに勉強していた時はまだしも,無事に教壇に立てたあとは,学習指導要領をひもとくのは校内研究会や指導主事訪問のために指導案を書かなければならない時ぐらいでした。まして中学校に入る前の小学校で子供たちがどんな言語活動に触れてきたのかや,これから生徒たちを送り出す高等学校の英語ではどのような言語材料に触れるのかなど,気にかけたことさえありませんでした。
 それから30年余り,かく言う私の今の英語科教育法の授業でまずはじめに買わせるものが,小・中・高の外国語活動,外国語編(英語編)それぞれの学習指導要領解説書です。それはこの歳になって初めて校種間の教育目標の違いを知っていなければ,自分が担当する校種での教育目標は達成できないと気付いたからです。そしてそれは大学とて同じです。大学生が小・中・高でどのような教育目標のもと英語教育(外国語教育)を受けてきたかが分かっていなければ,大学での英語教育(第二言語教育)は行えないと思っています。
 ちょっと寄り道をしてしまいましたが,下を見てください。ここには小・中・高の英語教育(外国語教育)の目標を並べて示してあります。先にも述べましたが,小学校の先生が中学校や高校の,中学校の先生が小学校や高校の学習指導要領など目にしたことなどないと思います。

小学校 外国語活動

外国語を通じて,言語や文化について体験的に理解を深め,
積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り,
外国語の音声や基本的な表現に慣れ親しませながら,コミュニケーション能力の素地を養う。

中学校 外国語科

外国語を通じて,言語や文化に対する理解を深め,
積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り,
聞くこと,話すこと,読むこと,書くことなどのコミュニケーション能力の基礎を養う。

高等学校 外国語科

外国語を通じて,言語や文化に対する理解を深め,
積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り,
情報や考えなどを的確に理解したり適切に伝えたりするコミュニケーション能力を養う。

 比較しやすいように,私が3つの部分に区切りました。区分ごとに比較してみてください。小・中・高のそれぞれの教育目標に多くの共通部分があるということに気付くと思います。そしてもう一つ。小・中・高の外国語(英語)教育の8年を通じて日本人が身に着ける能力が明示されています。それは外国語(英語)のコミュニケーション能力です。

 もう少し詳しく見ていきましょう。各学習指導要領の目標の1行目に示された外国語(英語)を通じての言語や文化に対する理解についてです。小学校にだけ小学校外国語活動を象徴する言葉(私の私見ですが),「体験的に」という文言が添えられています。もう一点,これは「体験的」とは違い言及されないことも多いのですが,中・高では対象物へのより強い態度を示す「~に対する」という言葉が使われていますが,小学校では単なるテーマや話題性を示す「~について」に替えられています(金 1990)。すなわち小学校段階では,歌やゲーム,チャンツ,そして時には英語に合わせて大きく体を動かしながら( TPR :Total Physical Response 全身反応教授法と言います),言語や文化について「ふんわりと」(これもまた私見)理解することになります。しかし高校卒業時にはしっかりとした理解に変わっていなければなりません。

 次に2行目の積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成についてはどうでしょうか。ここは小・中・高で全く変わりません。これも高校卒業時まで8年かけて養成していくことになっています。
 笑い話ですが,小学生は,修学旅行などで海外から来られた方を見つけると躊躇なく駆け寄り,“How are you?”“Do you like sushi?”など外国語活動で慣れ親しんだ表現を駆使して,それこそ積極的にコミュニケーションを図ろうとします。片や今どきの高校生や大学生はどうでしょう。街中で道に迷い明らかに困っている外国からの観光客を前方に見かけると踵を返します。小学校から外国語活動に触れてきた日本人が増えるこれからはこのような風景はなくなり,2020年の東京オリンピックの時には,多くの若者が「おもてなし」の心をもって外国からのお客様に対応することになるはずです(2020年に東京でオリンピックが開催されるから小学校で英語を教科にするのだ,のようなお達しはいかがかとは思いますが)。

 最後に,コミュニケーション能力に関わる3行目以降はどうでしょうか。ここだけは,小・中・高で具体的に別々の目標が掲げられています。言い換えれば,この最終行の目標だけは,その決められた学習段階ごとに達成されなければならないことになります。すなわち小学校外国語活動のねらいは,まさにこの1行,「外国語の音声や基本的な表現に慣れ親しませながら,コミュニケーション能力の素地を養う」ことにあると考えてよいでしょう。
 前半部の「外国語の音声や基本的な表現に慣れ親しませながら」は,小学校段階でとるべき具体的な学習形態に言及したものでしょうから,後半部の「コミュニケーション能力の素地を養う」という文言に小学校外国語活動の目標が集約されているのではないでしょうか。では,この小学校外国語活動の目標である「コミュニケーション能力の素地」って一体何?
 次回からはこの「コミュニケーション能力の素地」について考えていきます。

■引用文献 金 仙姫 (1990). 「現代日本語における「について」「に関して」「に対して」の用法上の差異の考察」『東北大学文学部日本語学科論集』第2号, 41-53.

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