玉川大学 客員教授坂下 孝憲

肌で感じた世界のことば・文化(5)
言葉の中に隠された文化に気付く
~「先生」は一人称?~

 小学校の外国語活動や中学校の英語の授業で,子供たちが先生に呼びかける時,“・・・ teacher!”と言っているのを耳にすることがあります。これは本来ならば “Mr.(Mrs. Ms.)・・・.”と呼ぶところでしょう。どうしてこのような表現になるのでしょうか。理由として,日本語で「・・・先生」と話しかけることを,そのまま「先生」の部分をteacher に置き換えたことが考えられます。英語では,特別な場合を除いて,teacher は相手の呼称としては使いません。このように呼称の使い方の中にも文化による違いがあります。

 この使い方の違いに気付いている教師が,ALTに対しても,Mr. (Mrs. Ms.) 等をつけずに,親しみを込めて“・・・sensei” と子供たちに呼ばせている場面を見ることがあります。

 また,日本語の特性として次のことに気付いたことがあるでしょうか。

 教師は教室で子供たちに自分のことを話す時に,「先生は・・・と思います。」「先生の言うことをしっかり聞きなさい」などと言っていると思います。「先生」は生徒にとって先生なのであって,本来は「私は・・・」というべきところを「先生は・・・」と言っています。英語では子供たちに直接話しかける時,“Your teacher thinks・・・”などとは言わないはずです。しかし,日本語として「先生は・・・」は自然な言い方になります。

 このように,普段日本語で何の違和感もなく使っている言葉を,英語の使い方と比較することによって,特徴が見えてくることがあります。以前にも書きましたが,文化には目に見える文化と,直接見えない文化の違いがあります。今回は言葉に隠された文化の1つとして「呼称」についてとりあげてみたいと思います。

 このことについてわかりやすく解説してある本があります。私が英語の教員になりたての頃から,折に触れて読み返している本です。それは鈴木孝夫著『ことばと文化』岩波新書(1973)です。この本の中の「呼称」について触れている部分を要約してみます。

<問題提起>

 私たちが言葉を使って対話を行うときに,誰が誰に対して話しているかを明らかにする必要がある。英語では,例外的な場合を除き原則として,人は話をする時自分のことを“I” や“me” と言い,相手を“you” と称している。そして,それぞれを一人称代名詞,二人称代名詞と呼んでいる。しかし,日本語の「わたくし」「ぼく」「おれ」や「あなた」「きみ」「きさま」を同じ人称代名詞と考えてよいだろうか。日本語では,むしろできるだけこの表現を避けて,何か別の表現で会話を進めていこうという傾向がある。 具体例を挙げてみる。

<日本語で自分のことを言う時>

・父親が家の中で子供と話す時,自分のことを「おとうさん」「パパ」と言うことが多い。

【例】

「おとうさんの言うことを聞きなさい」

「私(僕)の言うことを聞きなさい」とは言わない。

・姪や甥に対して言う時

【例】

「クリスマスにおじさんがプレゼントを買ってあげよう」

・祖父母が孫に向かって言う時

【例】

「おい,ちょっとおじいさんの肩をもんでくれないか」

・小学校の先生が,生徒に向かって言う時

【例】

「さあ先生の方を向いて」

・その他,医者や看護師が,子供の患者に対して「おいしゃさん」「かんごしさん」などと職業名で言うことがある。

<日本語で相手のことを言う時>

・自分の両親,兄や姉のような,家の中のいわゆる目上の人に,「あなた」のような代名詞は使わない。

・学校の先生や,会社の上役と話す時に,先生や課長さんという。

・「あなた」「きみ」「おまえ」などは,特別な場面を除いて目上の人には使わない。

<まとめ>

・現在の日本語には目上の人に対して使える人称代名詞はない。

・人称代名詞の中に「おとうさん」「おかあさん」「おじいさん」「おばあさん」「おばさん」「にいさん」や,職業名「先生」「お医者さん」「看護師さん」が入る。

・規則性は目上(上位者)と目下(下位者)という対立概念が支えている。

※以上の理由から,英語の一人称,二人称の概念をそのまま取り入れるのではなく,自称詞,他称詞と呼ぶことを提案する。

 以上の説明を参考に,「呼称」を通して,言語に含まれている見えない文化について気付くきっかけにしてもらいたいと思います。

 この本の中では,単語のもつ意味について,英語を教える際にぜひ意識してほしい内容がありますので紹介します。

<単語の使用法について>

 ある外国語の単語について,自国語の特定のことばの使用法とある場合に合致するからといって,自国語のその単語の他の使い方まであてはまると思ってならない。

【例】

のむ → drink

・日本語の「のむ」が使える範囲

・水,酒,茶,コーヒーのような液体

・薬(水薬だけでなく粉薬,錠剤も含めて)

・タバコの煙を吸うこと

・液体,固体,気体について使うことができる。

・英語の「drink」の使用条件

・水,茶,コーヒー,酒 は可

・固形物は不可

・薬(粉薬,丸薬,)水薬 →  drink でなく take を使う。

・タバコ → drink でなく smoke を使う。

・本来飲み物ではない液体であるライター・オイルやさび落とし液などを 飲んでしまった場合 → drink ではなく swallow を使う。

 ※以上からdrinkの意味の範囲について「人の体を維持するのに役立つような液体を,口を通して体内に入れる行為」と表現すればすべてを伝えることができる。

 すべてがこのようにできるわけではありませんが,英語を教える者として認識しておきたいのは,「drink」と「飲む」とは一対一対応ではないということです。単語一つとってもその中に文化の違いが内包されていると言うことができます。

 小学校外国語活動,中学校外国語科の学習指導要領では,目標としてそれぞれ「言語や文化の体験的理解」「言語や文化の理解」が含まれています。私はこの文言から「世界の様々な価値観に触れ,あらためて自分の国について見直してみる」というメッセージを感じ取っています。

 鈴木孝夫氏は本の中で「かくれた部分に気付くことこそ,異文化理解の鍵であり,また外国語を学習することの重要な意義の一つはここにあると言えよう。」と言っています。

 英語を教える教師自身が,好奇心を旺盛にして日本語の様々な特性について気付き,子供たちに伝えていくことを願っています。

<参考文献>

鈴木孝夫著『ことばと文化』岩波新書(1973)

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