上智大学 名誉教授笠島 準一

カメラを通した英語素材

写真が趣味というわけではない。でも撮りたい衝動に駆られることがある。それは英語教材に使えると思われる生の英語を見た時だ。

 今だからこそインターネットで生の英語に接することが容易なのだが,以前は限られていた。いわゆる歴史や文学などの大文字のCulture情報はふんだんにあったが,身近な日常生活,いわゆる小文字のcultureについては今ほど接することはできなかった。
 この小文字のcultureを求めて30年以上前に買った本がある。Looking at American Signsと題し,副題はA pictorial introduction to the American language and culture となっている。(Jann Huizenga, Oxford University Press, 1982)。どのような生活の局面を扱っているかを知るために,以下に目次の項目を列挙してみよう。

Taxis, Parking meters, Train schedules, Caution, Doors, Prohibiting signs, Road signs,
Department stores, Where to get what, Amusement parks, Highway signs, Parks,
Renting a boat, Gas stations, Mailboxes, Stores, Airport signs, Sales, Parking,
Help wanted, Restaurant hours, Drugstores, Fast foods/takeouts, Movies, Motels,
Apartments, Flight schedules, More department stores, Parking lots, Supermarkets,
Labels, Menus, Telephones

掲示を利用してみると

 この書から一つ例を取り上げて教材として利用してみたい。レストランの窓ガラスに貼られた掲示である。一部を省略すると,次のような掲示になっている(p. 43)。文字は読めなくても,先生が英語を読むことにより小学生でも何の掲示かはわかるはずだ。

掲示1

 発行が1982年なので95¢となっている点は致し方ない。いずれにしても,朝食の内容,出される時間が手掛かりになって,Breakfast Specialとは,日本のモーニングサービスであることに気づくはずだ。生の英語の写真を使って,いわば擬似体験的に生徒が自ら英語を習得する機会を提供することになる。

 以前はこのような英語は学校では取り上げられなかった。むしろ取り上げることは好ましくないと考えられていた嫌いもある。だからこそ,街角の掲示だけを集めた書に関心が向いたと思う。

 現在は異なる。このような英語はインターネットで見ることができる。例えば,「breakfast special」で画像検索すれば上記のような掲示が見つかる。更に,英語ではモーニングサービスと言わないのかと疑問が生じれば,「モーニングサービス 英語」で検索するだけで答えが出る。更に,Early Bird Breakfast Specialのような表現やそれを使った掲示も見つかる。このように,今では自分のカメラで撮る必要はない時代になったようだ。

カメラは不要とは言っても

 でもやはり自分のカメラで撮りたくなるときがある。以前,シドニーに行ったとき,ステーキハウスの看板の前でシャッターを切ってしまった。

掲示2

 ここではlunch specialは使っているのにdinner specialは使っていない。一般的に早目の行動を意味するearly birdが使われている。

 模ここで教材のことを考えてしまう。授業ではThe early bird catches the worm.のことわざはよく取り上げられる。この早起きの鳥だが,なぜ夕方であってもearly birdを使うのだろうか。その理由を生徒に考えさせたくなる。午後6:30までとしている点がポイントとなる。これもまた,生の英語の写真を使って,擬似体験的に自ら英語を習得する機会を提供することになる。

子供用の施設では

 同じくシドニーで撮った写真に動物園の掲示がある。小学生には関心がありそうなのだが,果たして英語のレベルはどうだろうか。

最初の動物はタスマニアデビル。馴染みがないかもしれないが,2016年に東京の多摩動物公園にやって来た。獰猛だが可愛いさもあるので,写真と一緒に提示すると生徒はこの動物の説明に興味を持ってくれるだろうと思っている。次のような説明がある。

掲示3

 最初のWOW!は子供向けの感じが出ている。でもその後の英語は日本の小学校で使えるだろうか。文字では読めないかもしれないが,英語を読んでもらえればcan,food,kilometreから何が説明されているかをあれこれ推測して何か言ってくれないだろうか。そのように考えを巡らすことは外国語の学習で大切だと思う。

 誰もが知っているコアラの説明の中で英語として比較的容易な説明も見てみよう。

掲示4

 もし日本の小学校で説明する場合には,単にKoalas eat eucalyptus leaves.となるだろう。

 英語の難度は別にして,英語の提示方法に関心が向く。百科事典的にコアラの説明として示すことと,動物園のイラストで,コアラの前に示してある掲示として示すことを比べてしまう。できることなら後者のような提示をしたいと思ってしまう。

 掲示ならではの特色を利用して,英語の意味を理解させる例もカメラに収めていた。例えば,単に

Can you spot the koalas in the treetops?

とか書かれていたとしよう。文字ばかりだし,最後の語は少し難しそうに見える。でも,次のような掲示ではどうだろうか。

掲示5

 上を向かせる矢印があるだけで,何となく子供向けの掲示の感じがしないだろうか。

 日本の小学校英語用の教材を考えるときには英語圏の子供が接している英語に関心が向く。実に面白いと思っても,母語としての英語は日本の教室では手に負えないことが往々にしてある。でも書籍,インターネット,更には現地での見聞など多様で莫大な素材の中には教材として効果的なものがあることは確かだ。それを見出すのは砂金採りのような作業になることもある。でも見つかれば価値の高い発見だ。そのような砂金はあると思って,常に新たなものを探し続けたい。

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