玉川大学 客員教授坂下 孝憲

肌で感じた世界のことば・文化(3)
わたしはウナギだ

 私がイギリスでホームステイをしていた時,何気なく使っていた英語で「それはおかしい」と言われたことが2つあります。

(1)I’m coming.

 朝ごはんや夕飯が用意できた時に,1階の台所から2階の私が借りていた部屋に向かって,ホストマザーがいつも“Breakfast (Dinner) is ready.”と呼んでくれました。私は「今行きます。」という日本語をそのまま置き換え,“I ’m going.” と応えていました。しばらくして,ホストマザーから,「それはおかしい。“I’m coming.”と言うのよ。」と指摘されました。

(2)I’m sorry. と Thank you.

 もう一つ指摘されたことがあります。何かをやってもらって,ありがたいと思った時,“I’m sorry.”と言ってしまうことがたびたびありました。ホストマザーから「タカノリはなぜそんなに謝るのか。」と言われてしまいました。日本語では感謝の意を表す時,「(やってもらって)すみません。」とよく言います。私は,日本語と英語の1対1対応で,本来“Thank you.”と感謝すべきところを,とっさに日本語の「すみません」をそのまま英語に置き換えて“I’m sorry.”と言ってしまっていたのです。

 このような経験をした後,私は日本語の特徴的な文を示す言葉として「うなぎ文」と言われるものがあることを知りました。これはレストランで注文を確認されたり,好物を尋ねられたりした時に,本来「私はうな丼を注文した。」「わたしはうな丼が好きだ。」と言うところを,日本語では「私はウナギだ」という表現をすることを意味しています。レストランで日本語的発想のまま“I am an eel.”と言ったのでは,英語として大変奇妙なことになり,ネイティブの人も目をシロクロさせてしまうことになります。日本人同士の会話の中では当たり前のことでも,言語や文化を異にする人たちと話をする時には,日本人の発想のままでは誤解を招くことにつながります。

 これに関連して次のようなエピソードを読んだことがあります。

 ある日,日本人の青年がアメリカ人の友達と日本の喫茶店に入って飲み物を注文した時の話です。その青年はアメリカ人と一緒ということで,英語でアメリカンコーヒーを注文しました。その時発した言葉が“I am American.”ということで,大爆笑になったとのことです。(もともと英米ではアメリカンコーヒーなるものはないそうですが)

 これは「私はアメリカンコーヒーを注文します。」という内容のことを,日本語で通常使われている「私はアメリカン」をそのまま置き換えて英語を発したことになります。その中で,さらに日本人の青年が「私はアメリカ人」と言ってしまったところにも面白さがあります。

 その他に次のような日本語独特の表現の例があります。日本語の「お湯を沸かす」をどのように英語に直すかを考えてみてください。果たして“boil hot water”でいいでしょうか。やはりおかしいですね。よく考えると,沸かすのはwaterで,waterを沸かした結果hot waterになります。そうするとboil waterが正解になります。これは,「ある物質の変化の際,その終着点を言う場合がある」という日本語の特徴だそうです。「ご飯を炊く」も同じ部類に入ると言えます。

 このような経験をしたり日本語について学んだりした後,私はなぜその場面や文脈で使われている意味とは関わりなく,日本語的発想で,日本語との1対1の対応で英語にしてしまうことが多いのか考えてみました。

 色々な要素があると思いますが,私はこの原因の1つとして,中学校時代から文脈や場面とは関わりなく,そしてまた英語をネイティブの言語とする人たちの発想を深く考えずに,与えられた日本語の1文をそのまま英文にするという練習,いわゆる英作文練習の積み重ねがあるのではないかと思うようになりました。英作文の勉強といえば,日本語に書いてある文をそのまま英語に直すという作業です。その中には,場面や状況を考慮して英文に直すということはほとんどなかったように思います。日本語として書いてある単語を自分のもっている知識の中から選び,英文として構成するという作業です。せいぜい努力したことは,日本語に合う単語が自分の引き出しにない場合は,他の言い回しや細かく解説するような言い回しを工夫したぐらいです。

 従って,今後コミュニケーション能力の育成が目標とされる中,日本語から英語に直す指導で意識しなければならないことは,日本語で伝えたい内容を英語で表すのであって,決して日本語にある単語を順番に英語に置き換えていくことではないということです。
 さらに英語を使う人の文化的背景や考え方も考慮に入れる必要があるということになります。この流れの中で,最近の様々な試験の英作文問題の出し方が変化しているのは好ましいことです。場面を設定した中学校3年の問題例を示します。

【問題例】

「今は忙しいが,明日の午後はひまなので,一緒にサッカーをしよう。」と相手を誘う時に話す内容を2~3文の英語で書きなさい。

 文化には,見える文化と,隠れた文化があると言われます。欧米人が靴をはいたまま家に入る習慣と日本人が玄関で靴を脱ぐ習慣との違いは目に見えます。また,食事をする時,ナイフとフォークを使う,箸を使う,また指を使って食べるなどの食習慣も目に見え,その違いは比較しやすいものです。しかし言語の中に含まれている文化は,簡単にはわからないことが多いのです。

 学習指導要領には,小学校外国語活動の目標として「言語や文化について体験的に理解を深める」と書いてありますが,教師自身が上に書いたようなことを意識して子供たちに投げかけ,「気づき」を与えていくことも大切です。そしてそのような気づきの中で,英語を話すことの楽しさを感じさせてほしいと思います。

ページを閉じる

ページの先頭へ