上智大学教授池田真

―ロンドンから日本の教育を考える (5)―
ガーデニングにみる英国の福祉と教育

 

 ガーデニングと聞けば,イギリスを思い浮かべる人も多かろう。特に,平面と直線と対称(シンメトリー)を基調とする人工美のフランス式庭園とは対照的に,立体と曲線と非対称(アシンメトリー)をよしとする自然美の英国式コテッジガーデンは,色とりどりにして目に優しく,印象派の絵画を好む日本人の感性に訴えやすい。ただ,あのような庭を持つには,該博な植物の知識,趣味の良いセンス,綿密な設計,それと維持のための膨大な手間暇が不可欠であり,実際には百花繚乱の庭を有する家はイギリスでもまれである。たいていは,芝と木だけで,それにちょっとした花壇や家庭菜園が加わるくらいである。日本人からすると,すっきり広々としていてそれはそれでよいと思うのだが,当のイギリス人にとっては,ネガティブな言い方ではboring(退屈)となり,ポジティブに捉えれば potential(伸びしろ)がある,ということになる。いずれにせよ,自宅の庭に手を入れて魅力的で快適なものにすることは,英国人の憧れである。

 

一般的なイギリスの庭
一般的なイギリスの庭

コテージガーデン
コテージガーデン

 そのような国民気質を反映して,たいていの町にはガーデンセンターと呼ばれる,庭づくりに特化した巨大なホームセンターがある。商品そのものは,花や木,ガーデニング道具,庭用ファニチャー,バーベキュー用品といったように,日本で扱っているものと大差ないが,その種類と在庫はざっと十倍はある。そういった材料や用具を使いこなすには知識とスキルが必要であり,その情報を仕入れるためのテレビ番組,書籍,講座がふんだんに存在する。そしてその端々に,イギリスらしさが見え隠れする。

 まずはテレビ番組である。定番は当代きってのカリスマガーデナーであるモンティ―・ドン (Monty Don) のGardeners’ Worldである。内容そのものは主に庭仕事のテクニックなのだが,ケンブリッジ大学で英文学を修めたためか表現と語り口が実に文学的で,イギリスの美しい田園風景の映像と相まって,芸術的ですらある。この番組はBBC 2(英国国営放送の教養チャンネル)のものなので格調高いが,ぐっと庶民的なものもある。BBC 1 (同局の総合チャンネル) によるThe Instant Gardenerである。こちらは荒れた庭を黒人ガーデナーのダニー・クラーク (Danny Clarke) が,その家の家族や友人と一緒にわずか一日で見違えるような空間に変えるという趣向である。ガーデナーの親しみやすい人柄もさることながら,進行役のヘレン・スケルトン (Helen Skelton) の愛くるしい笑顔と田舎訛りの英語も手伝い,気楽に楽しめる。イギリスには今でも階級意識(必ずしも差別意識ではない)が厳然として存在するが,この対極的な二番組はそのような社会構造を反映している。ただ,私が最も感銘を受けたのは,民放テレビ局ITV放映の,これまた著名な庭師,アラン・ティッチマーシュ(Alan Titchmarsh)によるLove Your Gardenである。これが実に泣かせるのである。

ガーデニング番組の収録風景
ガーデニング番組の収録風景

 番組の流れはいつも同じである。視聴者から推薦された不幸な家庭(双子の子供が両方とも知的障がい,アフガン紛争の地雷除去作業で手足切除,末期がんで余命数年など)にティッチマーシュ氏が現れ,放置された自宅の庭を見せてもらい,数日後に戻ってくるようにと送り出し,帰ってきた時には庭は劇的に変貌しており,それを見て家族一同が感涙するといったパターンである。ガーデンデザインの巧みさ,資材や植物の豪華さ(おそらく数百万円),それに十人以上のプロ集団の技により,番組の終盤には溜息が出るような景観となる。どれも素人が真似できるものではないが,庭づくりにはビジョンやイメージやアイデアが必要なので,やる気や想像力が刺激される。批判的に見れば,不幸な人たちに通常は手に入らない贈り物をして,その落差で視聴者の感動を誘う手法という見方もできる。

 だが,「庭は人々の人生を変えると私は信じている」という毎回のメッセージどおり,ストレスの多い生活を過ごしている人たちが純粋に喜ぶさまを見て,ついつい落涙してしまう。この番組には,登場する家族がそれぞれの不幸について滔々と語る時間が設けられている。私などは,何もつらい思いをテレビでそこまで話させなくても・・・と思うのであるが,弱者に優しいと同時に平等な社会なので,事実を隠す必要も気後れすることもないのだろう。成熟した福祉国家とはそういうものなのかもしれない。

 ガーデニングの技法を学ぶ次なる手段は書籍である。私には,専門書と一般書を分かたず,ある分野に興味を持つと,可能な限りの書店を巡って実際に本を手に取り,徹底的に比較検討する習慣がある。職業病である。さらに悪いことに,主だった本は全て買い揃え,書棚に並べて悦に入るという悪癖もある(家族はすべて読んでいると思っているが,丁寧に読み込むのは数冊だけで,後は全体にさらっと目を通す程度である・・・)。それで分かったのは,庭づくりの一般書も教育方法の専門書も,まったく同じロジックで構成されている点である。端的に言うと「原理と実践」(principles and practice) である。

買い揃えたガーデンデザイン本
買い揃えたガーデンデザイン本

 ガーデニングといっても,私が興味を持っているのは園芸(花,木,芝,果物,野菜などの栽培)ではなく庭全体の景観デザインであり,その中でも,ウッドデッキ,ガーデンシェッド,バーベキュースペース,レンガワーク,小道などの配置と構築に関するハードランドスケーピングと呼ばれる分野である。参考までに,その「原理」を複数の本からまとめると,次のようになる。

1.

Purpose

庭の目的,テーマ,メッセージ性を明確にする。

2.

Style

庭の様式,タイプ,イメージを明確にする。

3.

Unity

庭全体の統一感(色,形,材料,大きさ,様式)を考える。

4.

Balance

庭全体の配置,均整,調和を考える。

5.

Scale

庭全体の大きさに合った各要素(木,花,芝,構造物)のサイズを考える。

6.

Proportion

庭全体に占める各要素の比率を考える。

7.

Shape

形(正方形,長方形,円,楕円)や線(直線,曲線,破線)を有効に使う。

8.

height

高低,垂直,立体を有効に使う。

9.

Rhythm

規則性,繰り返しを有効に使う。

10.

Contrast

対照を有効に使う。

11.

Views

見え方,見せ方,隠し方を考える。

12.

Light

照度,方角,日照,陰影を考える。

13.

Senses

五感(色,音,風,香り,手触り)を考える。

14.

Colour

色彩,色調,色の組み合わせを考える。

15.

Texture

材質,素材感,質感を考える。

16.

Focal point

焦点やアクセントとなるものを生かす。

17.

Personalisation

自分の趣味や娯楽を生かす。

 庭仕事をプロから学びたければ,ガーデニングスクールの講座を受講することができる。私が選んだのは,カペルマナーカレッジ (Capel Manor College) というロンドン周辺に5つのキャンパスを有する園芸畜産専門の職業訓練校である。本格的なプログラムだと,3つのレベルのコースを修了して試験に合格することで,王立園芸協会 (Royal Horticultural Society) 認定の資格を取り,プロのガーデナーになることもできる。私が受けたのは,「敷石ワークショップ」や「ウッドデッキ作成一日コース」といったお試し講座である。ここでもやはり「原理と実践」が基本であり,最初に教室で数時間の理論(材料,工具,設計など)を学び,その後に屋外で実際に作ってみるという流れである。私自身は公開講座のノリで気軽に受けに行ったのだが,教室に入って驚いた。プロ仕様の作業着とブーツを履いた若者たちが何人も鎮座しているのである。後で聞いてみると,本科の単位になるので参加していたり,勤務先の研修として派遣されているのだという。その腕力と技術は舌を巻くほどで,私がスラブ(パティオ床面の60センチ四方の平たい敷石)一枚を運ぶにもフラフラで,セメントを使って地面に平らに並べることに四苦八苦していたら,笑顔で助けてくれた。風貌にせよ,話し方にせよ,大学にはいないタイプの若者たちと接して,急に世界が広がる気がした。

敷石ワークショップの教材
敷石ワークショップの教材

敷石ワークショップの実習
敷石ワークショップの実習

 ガーデンデザインに興味を持ったのは,週末を過ごしている山梨の山荘に,美しくて居心地のよい機能的な庭を作り,家族や友人や教え子たちと焚火を囲んで料理と酒と談笑を楽しみたいという夢想からであった。そのようなドリームガーデンがいつ実現するかは定かでないが,英国のガーデニング文化の一端に触れることにより,福祉や教育にも考えを巡らすことができた。そして,庭づくりとは,技であり,理であり,何よりも情であるという思いに至った。これは人づくりにも通底することである。先のガーデニング番組の表現を借りるならば,「授業は生徒たちの人生を変えると私は信じている」と言える教師になりたいものである。

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