直島町教育委員会濵中 紀子

コミュニケーションは楽しい

 私は香川県の直島小・中学校で勤務し,平成6年度から長く英語教育に取り組んできました。前例が少なく,試行錯誤の遅々とした歩みでしたが,このような機会をいただきましたので,実践を通して考えてきたことを数回に渡って書いてみようと思います。

 平成23年度に外国語活動が開始されてから,グローバル化に対応して英語教育は急速に動いています。もうすぐ高学年の外国語活動が教科化されると同時に,外国語活動が第3学年に引き下げられます。現場では,何をどうすればよいかと悩む声が,特に学級担任からは,英語に対する不安な声が聞こえてきます。しかし,全人教育をめざす小学校の段階においては,教科といえども中学校や高等学校とは違った側面をもちます。教科となることで高学年からは初歩的な英語の運用能力を育成するために系統的な学習を取り入れるとしても,子供をよく理解している学級担任が,他教科や学校生活と関連させながら英語を用いたコミュニケーションへの積極性を育てていくことは,これまでと何ら変わりません。

 コミュニケーションを図るのは人とであり,人と関わりたいという思いや英語を使って人と関わったことで楽しかったという思いが,コミュニケーションへの積極性を育んでいきます。私自身,そのことを実感する忘れられない体験があります。
 当時,小学校1年生の担任として英語活動に取り組んでいました。好きなものを尋ねる単元で,同じものが好きな人同士がグループを作るという言語活動をしました。いくつかの動物を見せて “What animal do you like?” と尋ねると,子供がその中から好きな動物を選んで,友達と “I like ….” と言い合って同じ動物が好きな人を探します。
 イルカを選んだ普段から物静かな A 子。何人と言い合っても,イルカを選んだ人がいなくて泣きそうになっています。活動を止めて,「今, A ちゃんはひとりでさみしそうなんだけど,このひとりは,休み時間に遊ぶ人がいなくてひとりの時と同じ?」と尋ねてみました。しばらく考えて,ある男の子が「同じじゃないよ。 A ちゃん,これはひとりでもいいよ。自分が好きな動物言ったらいいよ。」と口火を切りました。みんなも「好きな動物を言ったらいいよ。」と口々に言います。その声に励まされて, A 子は大きな声で自分が好きな動物を言い,そのことにみんなが拍手をしました。
 「みんな違っていいんだよ。自分の気持ちを言ってみよう。」と伝えることができ,「英語を使って活動することって素晴らしい。」と思いました。その後,さらに思いもよらなかったことが起こります。

 帰りの会が終わるとすぐに B 男が飛んできました。「先生,ぼくなあ,英語で好きなもの言ったとき, C 男君と好きな動物も好きな色も好きな果物もいっしょやったんで。」と目を大きく見開いて言います。「あら, B 男くんと C 男君はけんかばかりしてたけど,同じところがいっぱいあったのね。」と言うと,「うん。」と満面の笑顔でうなずき,振り返ると,帰って行く C 男に「いっしょに帰ろう。」と声をかけたのです。いつもぶつかっていた二人が,入学して初めていっしょに帰った日です。
 二人の後ろ姿を見ながら,「担任として英語をやろう!」と決めました。活動はささいなものであり,英語もごく初歩的なものです。しかし,小さな子供でも英語を使って尋ね合ったその内容で心が動くのです。何度もけんかの仲裁をし,「仲良くしようね。」と話をしてきましたが,たった一つの言語活動がこれまでのいさかいを吹き飛ばしてしまうほどの力があったことに驚きました。

 低学年の子供の素直な反応であり,偶然が重なったようにも見えますが,実は,そこには学年によらずコミュニケーションを図る上での大切な要素が含まれていたと考えます。まず,選択肢の中とはいえ,自分で選んだ,自分で決めたという「小さな選択,決定の意志」があるということです。また,仲間を捜すために,「仲良しの友達だけでなく,普段あまり話をしない友達にも声をかけて会話をする」という場面があったということです。そして,英語がうまく話せたかということよりも「何が好きなのか」という相手の気持ち,話の内容に焦点を当てて聞いていたということです。

 題材にかかわらず,何かについて友達と尋ね合うという言語活動はよく行われます。その際,この出来事を思い出し,指導者の言語活動の組み方はどうか,また,子供たちのコミュニケーションの姿はどの段階にあるのかと考えてきました。そのことを教員間でも共通理解したいと思い,図1のように「尋ねたり答えたりする活動」のチェックポイントを示しました。

(図1 尋ねたり答えたりする活動のチェックポイント)
図1 尋ねたり答えたりする活動のチェックポイント)

 そして,「小さなことでも自分で選択したり決定したりしているか。」,「勇気を出して誰とでも尋ね合えているか。」,「相手に配慮する態度で対話をしているか。」,「相手の答えを尊重してその意味を聞こうとしているか。」,「何らかの反応で理解したことを伝えているか。」という観点から子供たちの言語活動の姿を振り返り,よりよいコミュニケーションを求めようとしてきました。
 もちろん学習経験が増えるにつれて会話のやりとりの回数が増え,内容も充実していきます。しかし,そのベースにあるものは変わらないのではないかと思います。

 異文化コミュニケーションというとき,子供にとって異文化の始まりは隣の友達です。隣の友達を大事にして言語活動ができなければ,グローバル化に対応して「多様性を尊重し相手に配慮しながらコミュニケーションを図る」というところへは行き着かないのだろうと思います。そして,そのようなコミュニケーションの素地を広く耕して豊かに育んでいけるのも,子供たちのいろいろな側面を見ている担任ならではだと思えるのです。小学校段階で学級担任が中心になって指導するという意味がここにあると思います。今後,5年生からの教科,外国語を支えていくのは,中学年,また,場合によっては低学年の学習体験であることを念頭において,学級担任と子供がいっしょに英語を用いて会話をすることが楽しいという小さな体験をたくさん積み上げていって欲しいと思っています。

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