上智大学 名誉教授笠島 準一

小学校英語について思うこと

 シナリオ作家の新井一氏は「英会話セリフ」と称して次のような例を挙げている。(『新版シナリオの基礎技術』ダヴィッド社)

 A:泳ぎは好きですか。

 B:ええ,とても好きです。

 A:泳ぎはうまいですか。

 B:うまいと思います。

 A:ふつうどこへ行きますか。

 B:江の島です。

 言われてみれば確かに教材的英会話の特徴が出ている。ドラマのように引き込まれるセリフで会話を進めることができればよいのだが,入門期の外国語教材としては容易でない。でも一つの方法としては物語を利用することが考えられる。現在,教科としての小学校英語が審議されている段階では読み聞かせが注目されている。日本で学ぶ小学生にとって相応しい表現で,展開が魅力のある読み物が多々誕生することが望まれよう。

 物語は別にして,現在使用されているテキストに見られる「英会話セリフ」のような英語表現はどのようにすれば変化をもたせることができるだろうか。小学校3年から6年まで,特に I like は教室で何度使われるのか数知れない。 Can you . . .?How old . . . ? なども文字通り嫌と言う程繰り返されると思われる。何か工夫ができないだろうか。小学校英語だからこそできる工夫はないだろうか。

テキストに面白さを加える

 生徒が興味をもっていることは明らかなのに,既成のテキストや教材では取り上げることが難しい内容がある。それは最近起こった時事的な内容,今生徒に人気のある芸能人,スポーツ選手,テレビ番組などである。ただ,一部は取り上げられているのだが,大々的には難しいと思われる。

 教室英語の定番中の定番, I like とくれば apples となる。初めて英語を教わった時から,英語を教える立場になっても,リンゴが特に好きではないのにこの例文を何度も口にしている。もちろん,このようなステップは避けられない。でも,もし生徒に人気のある吉本芸人なり,歌手グループなりを画像と共に示せばどうだろうか。例えば AKB48 を話題に出して,その中でだれが好きかを言わせると雰囲気は変わる。クラス内選抜総選挙の集計と結果発表程度ならすべて英語でできそうだ。テキストで扱うことが難しいが,このような話題では生徒は実際に自分の好きなメンバーを告げることになる。その結果,友達に自分のことを知ってもらい,友達についても,恐らく知りたがっていることと思われるので,本当のコミュニケーションになる。

 同じように何度も繰り返される定番に How old are you? がある。ふつうクラス全員は同じ年代なので,情報を求める本当のコミュニケーションではないと考える人もいる。でも1歳は異なる可能性があるので,年齢的に自分より上か下かを知りたくて尋ねるのなら本来のコミュニケーションを行なっていると考える人もいるだろう。しかし,知ったことが何か意味をもつのでなければ,やはり英会話セリフのようになってしまう。

 このパターンを何年も繰り返すと飽きがくる。そこで,少しひねることも考えられる。

 A: How old are you?

 B: I’m not old. I’m young.

 A: I mean, are you ten or eleven?

 B: There’s only one of me.

 この表現は小学生には難しいだろうか。

小学校英語における難易度

 小学生に示す英語の難易度については様々な意見がある。インプットに関しては,調整する必要はないとする立場から,以前一世を風靡した,生徒のレベルよりも一段階上の i+1が相応しいとする立場まである。また,英語の仕組みを説明することに関しても,小学生に文法の説明はしてはいけないと主張する立場から,高学年になると認知発達理論では形式的操作ができるので,文法を教えることが好ましいと考える立場まである。
 これらの立場を考える前にもう一つ, can を使った定番会話を考えてみよう。

 A: Can you swim?

 B: No, I can’t.

 マンネリを避けるため,中学校でも扱わない次のような会話にすればどうだろうか。

 A: Can you swim?

 B: I wish I could.

 返答の表現は小学生には早すぎるとの意見も聞かれそうだが,それでは中学校英語の発想と同じにならないだろうか。せっかく年齢を下げて子供に英語を教えるのに,子供の持つ言語に対する柔軟性を活かしていない感じがする。これは実際には自分ができないことを,できればいいのにと伝えるときに使う,といった程度の説明をしてみたい。日本語では言っているはずなので。

 もし could を使う理由を尋ねられた場合にはどのように対処すればよいのだろうか。小学生に文法を教えてはいけないとする立場からは,高校に行けば習うので今は考えなくていいよ,と答えることが考えられる。でも,せっかく生徒が疑問をもち,主体的に先生との対話を通して学ぼうとしているのに,その気持ちを抑えるのはどうだろうか。
 質問された場合のことだが,これは仮定法過去と言って,現在の事実に反することや実現不可能な願望を言う時に使うことを説明してもよいと思う。どのように説明しても,十分に理解はしてもらえないだろう。でも仮定法過去ということばを使うことにより,インターネットで調べることができる。ただ,調べて説明を読んでも理解できないかもしれない。しかし英語にはこのような言い方があるようだとまではわかるはずである。主体的・対話的で深い学びを目指すアクティブ・ラーニングの観点からは,学校で先生から教わるまで待ちなさい,とは言えないと思われる。

差し当たりの工夫

 難易度についてもう一言。 ALT は生徒に相応しい容易な英語を使って授業を行なおうとしているが,容易なわかりやすい表現は,ネイティブ・スピーカーの先生と日本人の先生や生徒とでは必ずしも一致しない。ネイティブ・スピーカーはかなり難しい表現を使うこともある。でもそのおかげで,生徒は英語は100%理解できなくても対応する経験をしている。そのため現在中学校でなされているような,系統的で厳密な難易度調整は,必ずしも常に意識する必要はないと思われる。

 冒頭の英会話セリフであった「泳ぎはうまいですか」「うまいと思います」は,基本的な Can you . . .? Yes, I can. の導入が終わっていれば,I can swim like a fish. のような表現を紹介することができる。多少マンネリから脱することができないだろうか。難易度の観点からは,小学校で動詞と前置詞のlikeを両方出すと混乱するとの懸念があるかも知れないが,逆に小学校で前置詞の like a fish の表現を経験していれば,中学校で混乱が減るとの考え方もできる。

 How old の例で There’s only one of me. の表現を用いたが,ここでは生徒の理解に対する懸念よりも,あまり馴染みのない表現なので,果たしてこれが自然な表現なのかどうかの疑問の方が大きいかもしれない。

 このように,自分なりに英語を工夫するときには,その表現に自信がない場合もある。そのようなときはインターネットがある。

 There’s only one of me. を検索してみよう。正しい英語であることがわかる。更に,洋書のタイトルでも使われていることもわかる。自分の me だけではなく, There’s only one of you. の表現も見つかる。セサミ・ストリートからは of を使わないタイトルで There Is Only One Me の動画もある。

 仮定法過去も検索してみよう。英語の例文は読めなくても仕方がない。でも,だからと言って全く手掛かりがないかと言えば,そうでもない。例文に付けてある日本語訳を読むと,少なくとも何となくわかる可能性がある。その程度の理解で十分だと思う。むしろ,主体的に学ぼうとした態度が大切で,そのことを褒めて育みたい。

 表現としては確認する必要がないかもしれないが, like a fish も検索してみよう。思いがけない発見があった。検索結果の一つに The Wiggles―Swim Like A fish があり, YouTube で見ると子供向けの実に楽しい歌である。この中では swim like a fish が何度も繰り返して歌われている。この歌を聞けば swim like a fish が頭に残り,小学校で動詞と前置詞の like を導入しても混乱しないだろう。

 小学校で教科としての英語が導入されるにあたり,私見を述べさせてもらった。中学校英語の前倒しではないことは繰り返し聞くのだが,それは具体的にはどのようなことなのだろうか。ポイントは英語学習の開始年齢を下げたことである。このことを短絡的に解釈して,子供なので中学校英語に遊びの要素を加えればよいと考える人はいないと思う。教科としての小学校英語の導入は日本の英語教育を先導的に改善させる機会が与えられたものだと思っている。

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