私はこの数年,21世紀のヨーロッパで急速に普及したCLIL(クリル= Content and Language Integrated Learning)の理論研究,教育実践,教員研修,効果検証に取り組んでいる。現在は一年間の在外研究制度を利用してロンドン大学で文献研究をしつつ,スペイン,スウェーデン,オーストリアなどを訪れ,授業観察,学術講演,指導法ワークショップなどを行っている。 CLIL の本場で非ヨーロッパ人が研修講師を務めるのは妙な気もするが,これも教育と研究のグローバル化の一端であり,主催者も受講者も特に気にしていない。今回はそのような経験の中から,オーストリアでの授業と教材を紹介し,日本の小学校英語への活用を考えてみたい。
本来の CLIL は英語で教える教科教育である。例えば,スペイン人の小学校の先生が英語で各科目を教えたり,オランダ人の中学校の社会科教員が歴史を英語で教えたりする。授業形態は,対話,討論,発表,グループ活動,問題解決型タスクなどを中心とする,日本で言うところのアクティブ・ラーニングであり,これにより教科力( Content ),英語力( Communication ),思考力( Cognition ),協働力( Community もしくは Culture )の「 4C 」の育成を目指す。グローバル社会で必要とされるソフトスキルを培う切り札と言ってもよい。以上は教科教育としての「強形 CLIL」であるが,日本においては一般教員が様々な教科を英語で教える姿は現実的ではない。ここで取り上げるのは,語学教育の一環として行う「弱形 CLIL」であり,日本の小学校で実践可能なモデルをウィーン郊外にある小学校で見ることができた。
その学校の弱形 CLIL は,「カリキュラム横断型語学教育」( Cross-curricular language teaching ) という考えに基づく Super Mouse (Max Hueber Verlag) という教科書に則っている。内容としては,「学校生活」「健康」「自然」といった子供たちの日常に関連したトピックを核にして,各教科の要素(が薄められたもの)が少しずつ盛り込まれている。訪れたのは6月上旬で,ヨーロッパでは学年末(夏休み直前)に当たる。そのため,授業を観察した2年生から4年生までのトピックは共通して「休暇」( Holiday ) であった(ちなみに,イギリス英語の holidayはアメリカ英語の vacation に相当し,単発の「休日」や「祝祭日」だけでなく,一定日数の「休息」や「ヴァカンス」も意味する)。以下の表は,参観した学年の授業内容を一覧にしたものである。
「休暇」と教科を組み合わせた CLIL授業例
学年
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関連教科
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学習内容
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原語材料
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2年生
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図工
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旅行の荷造り
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数字,身のまわりの物
How many … are there in …?
There are …in ….
Have you got (Do you have) …?
Yes, I have. / No, sorry.
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3年生
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社会
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欧州各国の国旗と位置
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国名,色,衣服
Which country is it?
Where is it?
It’s ….
It’s got (It has) ….
Where was … made?
… was made in ….
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4年生
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算数
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時間の概念,世界の時差
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時間表現
How many … are there in …?
There are … in ….
What time is it?
What’s the time in …?
It’s ….
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低学年から順に見ていこう。2年生(7歳児)では,最初に教科書の主人公スーパーマウスのスーツケース(本,ボール,人形,おもちゃの車や船,帽子,熊のぬいぐるみが入っている)のイラストを見て,
“How many books/balls/dolls/cars/ships/caps/Teddy bears are there in the suitcase? ”
という教師の質問に,
“Four/Six balls/There’re two dolls.”
などと答えていく。
次に,黒い色紙を半分に折って自分のスーツケースを作り,上記の他,靴下,パンツ,メガネ,シャツ,水着,靴,自転車用ヘルメット,目覚まし時計,コートが描かれたA4のワークシートから4つを選んでハサミで切り取り,色鉛筆で塗って,自分のスーツケースに入れる。その上で,ペアで
“Have you got a doll?”(アメリカ英語の “Do you have a doll?”),
“Yes (I have). / No, sorry.”
のようなやり取りを交互に行い相手のカバンに入っている4つの物を早く当てた方が勝ちというゲームを行う(写真1)。
3年生(8歳児)の授業では,ヨーロッパ主要国の国旗(オーストリア,フランス,ドイツ,イギリス,ギリシャ,イタリア,スペイン,ポルトガル)がフラッシュカードで次々に示され,
“Which country is it?”
という問いに,
“It’s France. It’s got blue, white and red.”(アメリカ英語では “It has blue, white and red.”)
のように国名と国旗の色を答える。その上で,
“Where is it?”
と質問しながら,スクリーン上に投影された地図でその国の位置を確認させる(写真2)。
後半は,実物の服(シャツ,帽子,ネクタイ,スカート,マフラーなど)を袋から取り出し,衣類の名称や色の名前を復習した後で,それらが描かれたワークシートに色鉛筆で着色させ,
“My shirt/hat/tie/skirt/scarf was made in Greece/Spain/Italy/France/Germany.”
といった文を書かせて言わせる(写真3)。
4年生(9歳児)の教室では,時間についての学習が行われていた。 a.m., p.m., morning, midday (noon), afternoon, evening, night, midnight, quarter (15分), half (30分), past (~分過ぎ), to (~分前)といった既習単語の復習の後,
“How many hours/minutes/seconds are there in a/an day/hour/minute?”
と教師が質問し,
“24 hours. / There’re 60 minutes in an hour.”
のように答えていた。また,各自で作った「スーパーマウス時計」を使い,任意の時間に短針と長針を合わせ,
“What time is it?”,
“It’s 2 p.m./seven past nine/a quarter to eleven.”
といった時間表現を練習するペアワークも行われた(写真4)。
次に,世界には時差というものがあり,ロンドンを標準時とすると,ロサンジェルスは-8時間,ニューヨークは-5時間,ケープタウンは+2時間,上海は+8時間の差があることが図と絵を用いて説明された。
その後,
“It’s 12 o’clock in London. What’s the time in New York/Capetown/Shanghai?”,
‘It’s 7 a.m./2 p.m./8 p.m.”
のようなやり取りが行われた。
以上のように,初歩的な単語,表現,文法であっても,子供たちの日常だけでなく学校での教科と結びつけた言語活動を行うことで,英語の授業が自然に学校生活の一部となり,また知識や思考を深める学習が可能となる。そういった点で, CLIL の一形態であるオーストリアの「カリキュラム横断型言語学習」は,日本の小学校英語教育に様々なヒントを与えてくれる。
授業観察の後,校長先生と授業担当教員に誘われ,車で昼食を食べに行った。オーストリアの小学校は年間を通して午前だけで終わり(!)とのことであったが,もっと驚いたのは,校長(ちなみに女性)がビールを飲み,デザートを平らげた後,上機嫌に運転して学校に帰っていった(!!)ことである。日本だったら新聞沙汰になることは必至だが,そこは法律と習慣の違いである(イギリスでも中ジョッキ一杯程度の飲酒運転は認められている)。学校訪問の最初から最後まで,様々な意味での学びの連続であった。