平成八年十一月,各報道機関は,一斉に芭蕉自筆の『奥の細道』発見のニュースを報じた。中には,見出しに「『奥の細道』の原本」と書く新聞もあった。それでは,今まで読んでいた『細道』は,原本に基づいた本文ではなかったのか,という疑問が起こってくる。『奥の細道』は,素龍本あるいは素龍本を基にした元禄版本の本文によって読まれてきた。素龍は芭蕉と親しい能書家であったが,その手によって清書された『細道』を素龍本と呼んでいる。素龍書写の『細道』には二本あり,一本は定稿となる以前の形を持ち,柿衛文庫に蔵されているところから,通常,柿衛本と呼ばれている。
愛知教育大学教育学部教授 岡本勝