[本文より]
はるかな昔のことになりましたが,文字を読めるようになったときの喜びを,いまでも思いだすことができます。幸福というのはあのことではないかと思うほどです。自分だけのことではなく,町を歩いても,電車に乗っても,小さな子どもが,看板に書かれた文字から,ひらがなだけを拾い読みしている光景を見かけると,とても嬉しくなります。少し大きくなった子が,大人の前でむずかしい言葉を使ってみせて,得意そうな顔をする場面などに出くわしたりするときも,頬がゆるみます。
小説家 増田みず子