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[本文より]
直感的に言って,21世紀ネット社会は,特別の人を除いて,一人の存在を小さくし,一人ひとりの思いや意図を弱め,その存在をひとまとまりの大衆として扱うことで操作する危険な状況に満ちている。事実,同じ情報の共有,投票の雪崩的現象,流行の形式化,同様の感覚・限られた感覚を働かせる負荷など,一人の存在は希薄になる一方である。そのうえ,市場経済社会の論理は,生産よりも,消費し,使い捨てる快楽に,より大きな意義を見出している。
関西国際大学教育学部教授 板良敷敏