[本文より]若いころから,よく旅に出た。レバノンやシリアの丘陵地帯を歩き,地中海に突き出たギリシャのペロポネソス半島からエジプト砂漠の深い砂の道に足をとられ,長い歳月の後にようやく辿り着いたところが青ナイルの源流エチオピアのタナ湖であリ,ラリベラの岩窟僧院であった。旅が好きであったわけではない。ひとり旅はつらかった。いつもガイドがいる道理もなく,言葉も地理もろくにわからない未知の国の,未知のひとをたよりに,「死者たちのくに」をさがしまわって歩きつづけていた。
宮城学院女子大学名誉教授・宗教人類学 山形孝夫