教室の窓「英語Vol.12」2008年1月作成
[本文より]
英語教育の大きな目標の1つが,言語コミュニケーション力(communicative language ability)をつけることだということには異論は少ないでしょう。ところがこの概念は「コミュニケーション能力」とも「実践的コミュニケーション能力」とも呼ばれたりして用語が必ずしも定まっていないだけではなく,概念の理論的な理解についてもきちんとなされているわけではありません。このように重要な目標に対する見通しがたっていないということは問題だと私は考え,言語コミュニケーション力概念の発展の歴史を整理することを試みました。以下はそのあらましです。現代的な言語コミュニケーション力の議論はChomsky(1965)から始まったと考えてよいかと思います。彼の「能力」(competence)概念は,有限の要素(語彙)を組み合わせることで無限に新しい文を生成し理解する力,というそれまでの言語学にはなかった発想をもっていましたから,言語教育関係者も彼の能力概念に飛びつきました。それに対して噛みついたのがHymes(1972)です。彼はチョムスキーの能力概念は,統語(syntax)だけに限られたものであり,ひたすらに文法文ばかり産出・理解する彼の「理念的な話者・聴者」(ideal speaker-hearer)概念は,「認知的メカニズム」に過ぎず,それは現実世界の人間ではありえないと批判しました。Hymesは社会文化的な側面を強調し,能力概念は,社会言語学的な領域もカバーしなければならないとして,「能力」概念を「コミュニケーション能力」(communicative competence)概念に拡張しました。Chomsky の能力概念では,実際のコミュニケーションは説明できないので,私たちはコミュニケーション能力概念を研究対象にしなければならないというわけです。
広島大学准教授 柳瀬陽介