[本文より]
今から四十年ほど前,コペンハーゲンのチボリという遊園地で,「ノミのサーカス」を見たことがある。直径四メートル位のサーカス風のテントのなかに,丸いテーブルがあり,そこに肥ったおばさんがでんとすわっていた。その回りを二重に囲んで見物人たちは首をのばし,天井からつるされた大きな虫メガネ越しにのぞいて,サーカスの始まるのを待っていた。やがておばさんは「チャーリー,メリー」と名前を呼びながら,豊かな胸の谷間からノミを取り出す。ノミの一家は意外と大家族で,つぎつぎと出てくると,おばさんが差し出す細いガラスの棒をぴょんぴょんと飛び越したり,行列して飛んだり,驚くほどいろいろとやってみせる。ついには二匹のノミが引く車に雄ノミと小さなベールをかぶった雌ノミが乗り込むと,結婚式のパレードが始まる。それがサーカスのフィナーレだった。あまりにも不思議な見せ物だったので,確かにこの目で見たはずなのに,いまでは物語の中の一シーンだったような気さえする。
児童文学作家 角野栄子