[本文より]
教科書の叙述という仕事は,皆様のご想像以上に,手間暇かかる,そして苦労の多いものです。誤解されているむきもあるようですが,私たち編集・執筆者が,各々の専門の分野について原稿を書き,それを繋ぎ合わせるーーだけのものでは,決してありません。それぞれが,各自の“縄張り”では「一騎当千」であると自認しつつ書き上げた原稿ではあっても,それらは,あくまでも草稿であり,“たたき台”でして,それからが大変です。各社の教科書,いずれでもそうなのでしょうが,とくに「東書」のばあいには,「改訂版」であるとはいえ,十数回も執筆者が一堂に会して,そもそも世界史とは何か,生徒にはその世界史の何をどのように教えるべきか,ではどのような順序(構成)で書いてゆけばよく理解してくれるだろうか……といった基本的な問題に始まり,また最近の学界の動向やそこで話題となっている新説を,どの程度に生かせばよいか,といった問題なども考えあわせながら,草稿の一字・一句にわたって,時には机をたたく激論になるほどに,長時間にわたり本当に“たたき合う”のです。その議論の場は,ある意味で「文明の衝突」の様相を呈します。
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立正大学文学部教授 尾形勇