鈴虫一
詞書第一面(第一紙・第二紙)
五島美術館所蔵
平安時代後期 12世紀
大きさ:縦21.8cm横46.6cm
掲載期間:2001年1月~2003年12月
原文:
十五夜の月の,まだ影かくしたる夕ぐれに,仏の御まへに宮おはして,はし近うながめ給ひつつ,念誦し給ふ。わかき尼君たち二三人,花たてまつるとて,ならす閼伽坏のおと,水のけはひなど聞ゆる,さまかはりたる営みに,そそきあへる,いとあはれなるに,れいのわたり給ひて, 「虫のね,いとしげう,乱るる夕かな」とて,われも忍びてうち誦じたまふ阿弥陀の大呪,いと,たふとくほのぼのきこゆ。げに,こえごえ聞えたる中に,鈴虫のふり出でたるほど,はなやかにをかし。 「秋のむしの声,いづれとなき中に,松虫なむすぐれたる」とて,中宮の,はるけき野辺をわけて,いとわざと尋ねとりつつ,はなたせ給へる,しるく鳴きつたふるこそ,すくなかなれ。名にはたがひて,命の程,はかなき虫にぞあるべき。心にまかせて,人きかぬ,奥山,はるけき野の松原に,声,をしまぬも,いと,隔て心ある虫になむありける。鈴
五島美術館所