[本文より]ある日の地下鉄での出来事。
混み合ったミッドタウン行きのNトレインの中。60年代の映画に出てきそうな古めかしいコートを着た20代の白人のお姉ちゃんが座っていた。背筋をピンと伸ばし,両手を行儀良く膝の上で重ねている。足元には,おばあさんの代から使い込まれたようなゴブラン織りのボストンバッグ。ニューヨークの地下鉄は物騒だから,バッグは必ず膝の上…..とは教わらなかったらしい。まるで今オハイオの田舎から出てきました!と言わんばかりに初々しい。眼に映るものすべてが興味津々。大きな眼をぱっちりと開いて,忙しくあちこちを見回す。その様子が,都会に住み慣れたニューヨーカーたちにとって奇妙に映ったらしい。彼女のまわり,私も含めて10人くらいの人々が,何となく彼女に意識が注がれる。
イラストレーター 海沼築紫