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- 撮影年月日 2016年 7月
- 撮影場所 千葉県 横芝光町 乾草沼
応募者解説
オオセスジイトトンボは,成虫時の体長が5cmほどになる大型のイトトンボである。この日本において生息が確認されている地域は,東北地方,新潟県と関東利根川水流系の一部地域のみである。その関東でも,東京都,神奈川県,群馬県,埼玉県では絶滅したと見られ,ここ千葉県でも数カ所を残すのみとなった。すでに「野生での存続は困難」とされる絶滅危惧種T類(環境省レッドリスト)に指定されている。
絶滅へと向かっているそのオオセスジイトトンボが,近隣の沼に生息していることを知り,生存の記録を将来へ残すことを主な目的とし,生態観察も兼ね産卵期の光景を撮影した。
撮影ならび観察の時期は,平成28年7月上旬から中旬にかけてである。
成熟時の雄はコバルトブルーで綺麗な色をしている(写真1)。雌は黄緑色である(写真2)。雄雌とも胴体に竹のような節がある。
生息場所とされる沼でも,半径5メートルほどのごく狭い範囲に固まっている。そのため事前の調査なく生息地に行っても遭遇する事は希であろう。主観ながら,水の流れのほとんどないよどんだ沼を好むようである。
雌は黄緑色の保護色となるためか,その行動範囲はやや広く,あぜ道に生い茂った草むらにも飛んでくる。逆にコバルトブルーの雄は目立ちやすく,鳥などの敵に襲われやすいためだろう,行動範囲が極めて狭く,あぜ道に出てくることは希であった。
ほぼ毎日のように観察ならび撮影し続け,当該場所で同時に確認できた最大個体数は,雄が四頭,雌が十頭程度であった。おそらく,この沼では数十頭程度しか生息していないものと推測できる。
産卵期の雄は沼に生えている草の葉などに留まり,卵を蓄えた雌が来るのを待ち構えている。雌が来ると他のトンボ類と同様に一頭から数頭の雄が雌を追いかける。
雄が雌の後頭部を尾で掴めば晴れて交尾となる。雄はあらかじめ胴体にある交接器に精子を移し,そこに雌が生殖門を接して受精する(写真3)。よって交尾スタイルは他のトンボと何ら変わることがない。
交尾にかかる時間は一時間程度であった。他の動物が近づくなど外的要因がない限り,その場所から移動することはなかった。
受精が進むと,雌の尾先がオレンジ色に変色し腫れ上がってくる。交尾が終わっても雄雌が離れることはなく,連結したまま産卵行動に移る(写真4)。
産卵は水面に浮いている水草の根に尾を垂らして行われる(写真5)。
産卵場所を決めるのは先導する雄の役目のようだった。飛びながら雌を連れ回し,産卵に適した場所を見つけると水草の上に降りる。
雄の先導のもと雌は産卵に適した水草の上に降りるが,その際,雄の降り位置に水草がなく降りれないことがあった。その場合雄は,羽をバタバタさせ飛びながら雌の産卵が終わるのを待つ(写真6)。
そうしておおよそ二時間ほど,場所をこまめに変えて産卵を続ける。
産卵中の雌は命がけである。なぜなら,沼に生息する魚が水面下に垂らした雌の尾を食べてしまう事例があった(写真7)。臓器の大部分を食いちぎられた雌は,しばらくして死に至る。
単独時の雄は縄張りを持ち,他の雄が近くに来ると追い払う行動を取るが,産卵中はペア同士がすぐ近くまで近づくことがある(写真8)。こうして密集して産卵するのも,生息範囲がごく狭いオオセスジイトトンボの特徴であろう。
全ての産卵が終わるとただちにペアは解消され,雄は精子を貯め次の雌を掴まえる準備に入る。また雌のほうも再び卵を蓄える。
雄雌ともに一度きり交尾してその生涯を終える,ということはないようである。当然ながら一夫一婦制でもない。一つの産卵サイクルにおいてのみのペアと言える。
オオセスジイトトンボは,人間に対してさほど警戒しない。とりわけ雌の性格はおっとりとしており,手を差し出すと枝と間違えて指に留まることもあった(写真9)。同じくこの沼に生息しているチョウトンボは,警戒心がとても強く,人間の指に留まるようなことはない。
今年産み付けた卵が孵化し,ヤゴとなり成長し,その多くが他の生き物に食べられ,残るのがごくごく僅かだとしても,来年もこの稀少なオオセスジイトトンボの元気な姿が見られることを願っている。
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